印鑑のジャンル別速報
先だっての税理士きんの利益云々の話は忘却の彼方に。さらに売上も絶好調。それに伴い、スタッフも増員することにしました。準備は万全です。
もはや怖いものなど、なにもない状態になっていましたところが、そんな順風満帆のように見えたネットショップ運営ですが、実は、魔の手はゆっくりと、そして確実に迫っていたのでした。
国民金融公庫からの資金が入金されました。
それに伴い、社長である父と会いました。当時、私は専務収締役でした。
でも、それは父の会社に入ったわけではなく、お互いにまったく別の什事をしていましここで私の起業の経緯を少しお話しさせていただきますそもそも私は、大学生のときもほとんど授業には出ず、ひたすらギターを蝉いていましバンドでデビューすることが夢だったのです。
ただ、父との話し合いで、会社勤めをしながらギターを続けることになりました。
ギターを続けながらでも会社勤めはできるだろう?ギターだけの生活だと、もしギターがだめになった場合につぶしがきかなくなるぞ。
それにいろいろな経験を積むことは音楽にとってもマイナスにはならないのでは?そう説得されたのです。
まあ、たしかに一理はありそうでした。
しかし、就職はしたものの、朝は8時から会議、夜は残業、なんとか帰ってリハーサルスタジオに入るのが夜の10時半しそれから練習、ミーティング。帰宅は夜中の2時とか3昼の会社勤めと夜の音楽活動の二重生活は長く続くはずもなく、2年半で体がもたなくなりましたしそこで、会社を辞める決心をしたのですが、そのときにお客様の多くが独立するなら力になる」と言ってくださったのでした。その会社では商品パッケージの企画、製作、その他にはがきやポスターの企画、印刷の什事をしていたのですが、上場さんも協力して。
ださることになったのです。もともとコンビニでアルバイトでもしながら音楽活動を、と思っていたのですが、独立して仕事をしたほうがアルバイトよりも時間的に自由になるし、というただそれだけの理由で起業したのです。
というか、そもそも自分では、起業した、という自覚すらありませんでした。
なにしろ音楽活動のことしか考えていなかったのですから。
まあ、そんな理由で起業したのですが、その当時26歳、信用などまったくない状態でした。
そこで、たまたま父が自分の仕事で法人化するところだったので、26歳のときのことでした。社長である父と、融資がおりたときに会いました。"
「自分の事業で融資を受けたことだし、前々から思っていたのだが、そろそろおまえが社長になって、会社を運営してみろ」という話になりました。
たしかに売上のほとんどは私の事業からでしたので、それは当たり前と言えば当たり前の請でした以前からそういう話は出ていたので、別段驚かなかったのですが、いざ社長になる、というときになって、いろいろと考えてみると、いくつか不安なところが出てきました。
「経理はどうなるの?」「おまえが社長になるんだから、そっちでやれ」「税金とかほどうなるの?」
「もちろん、おまえがやるんだよ。全部税理士さんに聞けばわかるよ。」「お金の出し入れは?」「通帳と印鑑を渡すから、すべてそちらでやるように」支払いの指示は出していたものの、経理、出納、もちろん税金関係も今まで一切やったことがありませんでした。
さらに、今回を機に、定款も見直し、本店も今までの神奈川・械浜から、現在オフィスのある東京・渋谷に移すことになりました。
ハテナマークが5個ぐらい頭の中に浮かびました。いったい、なにすりゃいいんだ?でも、自分の事業で融資を受けた以上、断るわけにもいきません。
自分で作った借金なのに、父親に責任をとってもらうわけにはいかないからです。
とにかく父親に聞きながら、やることを整理しました。
代表取締役の変更、および役員の変更(2)神奈川の市役所へ会社の転山届け(3)神奈川の税務署へ会社の転山届けそして、(4)東京・渋谷区役所へ会社の転入届け(5)東京・渋谷区税務署へ会社の転入届け(6)東京・渋谷区で会社の印鑑証明登録最後に、登録関係はこのぐらいでしょう。
Iは、行政書士さんにお願いして取締役会の議事録を作成してもらいました。
まずは、社長が私になり~父は会長に就任することを決議した議事録を作成、手続きを依頼しましたその他もお願いできたのですが、費用がかかることと、会社設立のときにはこういった事務手続きは一切かかわっていなかったので、勉強になると思い、自分でやることにしました書類はすべて行政書士さん、税理士さんが作成してくだきっていたので、それを提出するだけなのですが、会社移転の手続きに心役所(区役所と税頗署の2ヶ所)に登録しないといけないことを初めて知りました。
「税金を納めるために、わざわざ手続きに行かないといけない。面倒だなあ」などと初めて知ったわけです。
まとめてやってしまおうと思いまでを1日かけて終了しましたー。銀行へは後日行きました。まあ、やってしまえば大したことはなかったのですが、実際に自分でやってみて、初めて会社の社会的な位置を確認できました。
また、実際の登記簿謄本や銀行の口庫名義を経て、「ああ、自分が社長になったんだなあ」と実感した次第です。
こうして私は社長になったのでした。
栄光に向けてすべての準備が整いました。
たった一つのことを除いて。
のちにそれが最大のピンチを引き起こすのですが2月以降、家に帰ると、妻には、とにかく好業績、よかったことの報告1日、1日が夢のような快進撃だったのですから。
でも、喜んで聞いてくれると思っていた友からは、予想に反した反応しか返ってきませんでした「今日さ、1日で100万円も売れちゃったよ」「ふーん。で利益はあるのっ?」え?利益?そ、それはまだ計算していないけど、あるに決まってるよ。これだけ売れているんだから。でも昨日と合わせてもう、500方も売れてるんだよ!まだ10日だっていうのにこのぶんだと今日は1000万も夢じゃないな」「それって~利益が?」「え?ち、違うよ。売上が。なんだよ、利益、利益って。もう50方なんだよ。今月2000万なんだよめちゃくちゃ売れてるんだよ」思わず感情的になっていました。
「そんなにどならなくてもいいじゃない利益はあるんなら。」
「いや、おかしくはないけど、こんなに売っているんだから、少しは喜んでくれてもいいのに、と思ったんだよ。
それでね、今度月商1000万円突破店舗ということでさ、講演を頼まれちゃったんだよね。
1時間話すんだって。100人ぐらいの前で。すごいっしょ」
「そうね。」
「でさ、この間も他のネットショップの方から連絡もらって、ショップ運営でアドバイスが欲しいって!!おれ、いったいどうなっちゃったんだろうね」「ふ〜ん。」「飲み会行っても『水上さん』『水上きん』って。
ひっぱりだこなんだよね。そうそうインターネット関係専門の出版社知ってる?」
「知らない」
「そこから連絡もらって、『そちらのオークションを活用したマーケティングについて取材したい』って!
取材だよ2ページぐらいで掲載されるらしいよ。写真も出ちゃったりして。売上上げると、いいことばかりだよね。」
妻は私とは対照的に、いやその盛上がりとは反比例するかのように静かに言いました
(「あなた、なんだか思い上がってない?それにそんなに売れているんだったら、どうして融資なんて受けたの?
それも1000万。お金のことなんて私は仕事のこと、あんまりわからないけど、それでもなんだかちょっと変な気がするんだけど」
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現時点で最高の印鑑は現代社会で重宝しています。こだわりが詰まった印鑑です。
さらに身近になった印鑑だけでも十分使えます。印鑑の知識が一目瞭然です。
